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宴会やりますよー

うさぎさんのお遍路道中記

作成日:2012年04月29日 訪問日:2012年04月10日
46番札所 医王山浄瑠璃寺


7時に朝食を済ませ、7時半出発となった。
フロントに行くと、昨日ハシゴを登る時に声を掛けてくださった二人の観光客らしいおじさんに声を掛けられた。
他にもお仲間が居たらしく、
「この子が岩屋寺のハシゴを登ったお遍路さんだよー、偉かったんだよー。」
とお連れの方々に説明する。
つい照れてしまい、川原さんがいなかったら登れなかったくせに、
「チョロいもんですよ?」
と大口を叩いてしまう。
私はかなりのお調子者だ。
みんなが揃ったので、予定時刻に出発した。
ガラス越しに、先ほどのおじさん達が手を振って見送ってくださっていたので、笑顔で大きく手を振った。

直ぐに昨日歩いた山道を打戻りする。
途中、お坊さんが先頭を歩いていたが、いつしか姿が見えなくなった。
何も言わず先にいってしまったようだ。
後で私やみんなに、メールや電話があり、
「思うところがあるので先に行きます。修行に戻ります。」
とのことだった。
確かに、わいわい楽し過ぎる遍路旅はお坊さんとして修行に来られている彼にとってはやはり良く無いことだったのかもしれない。
本来の修行に戻られたのなら、それが一番良いことだ。

辻さんの様子を見ながら山道を下り、国道沿いを次の札所浄瑠璃寺に向けて順調に歩いた。
辻さんは先達さんの資格をお持ちで、お大師様、お寺、お遍路など多岐に渡りかなりの深い知識を持っていらっしゃる。
歩きながらいろいろお話しを聞かせてくださった。
聞く事全てが新鮮で興味深い。
なるほど?、そうだったのかぁ?、え?っ、と言う感じで歩く道やお堂も歴史や過程を知ると感慨深く、先達さんと一緒のたびは凄く勉強になると思った。
一番驚いたのは納札の年齢を「満」で書かなければなら意図言う事だ。
今まで普通の年齢で書いていた。知らぬとはいえ、お大師様に対して、年齢詐称をしていたことになる。
しかし、この話は聞かなかったことにしたい。
お年頃の女性としては、是非ともお許しいただきたいのだ。

於久万大師をお参りし、サークルKに寄り、お昼ごはんの買い出しをした。
お昼は国道沿いの三坂峠手前にある東屋で取る事にしたのだ。
次の札所まではあまり飲食店がない。
私のパンやサンドイッチ、スタバの珈琲はすべて辻さんがお接待してくださった。
時刻はちょうど正午、お天気も良く、高台にある東屋から景色を眺めながら美味しく頂いた。

食後歩き始めてすぐに、辻さんから数十メートル先にある自販機で飲み物を買っておいた方が良いと教えて頂いた。
川原さんとお茶を買って、辻さんの後に続き三坂峠に入る。
それはそれは長い下りの三坂峠。
アドバイス通り自販機は無い。
さすが、ベテラン歩きお遍路さんだけに細部にわたり情報通である。
急な下りの山道を延々と下りて東屋で休憩していると、逆打ちのかなり高齢のおじさん二人とすれ違う。
この長く急な三坂峠を登るなんて、絶対私には無理だ。
凄すぎるぞ日本のおじさん!心の中でエールをおくる。
山路を抜け、民家が見えてもアスファルトの道になってもずーっと下り坂が続く。
つま先が痛く、膿んでいる親指が心配になった。

宿から19キロ歩いた所に、網掛石と大師堂がありお参りをした。
さらに足を進め、午後3時に46番札所浄瑠璃寺に到着した。
辻さんと川原さんは浄瑠璃寺近くのバス停から午後3時27分発のバスで徳島に帰ってしまう。
内子町のふじや旅館で初めて会い、二日間共に同じ道を歩いてきた。
助けられたことも多く、笑って過ごした楽しかった時間が忘れられない。
お二人はバスの時間に間に合うよう、短いバージョンのお経とやらを本堂、大師堂で唱えていた。
ベテランになるとお経にもいろんなバージョンが出来るのだと感心した。
私も本堂、大師堂で辻さんのお身体が少しでも良くなるよう祈願し、川原さんが家族仲良く暮らせるよう家内安全、開運成就を祈願した。
お参りだけし、納経はお二人を見送ってからすることにした。
身につけていた全ての荷物を、先に到着してベンチに座っていた松田さんに見張りを頼み、お二人をバス停まで見送る。
バスが来てお二人が乗り込む。
「気を付けて歩いてね」
二人が私を気遣ってくださる。
何度も何度もお礼を言い、手を振って元気にお別れをした。
別れはいつまでたっても慣れない。寂しい瞬間は嫌いだ。
泣きべそをかきながら浄瑠璃寺に戻ると松田さんがベンチでおとなしく荷物番をしてくださっていた。
お昼を食べていないと言うので、ザックからポテトチップを出してお礼に差し上げた。
そんな子供騙しのようなお菓子に、嫌な顔一つせずにっこり笑って美味しそうに食べてくださった。
その隙にまた荷物の見張りをしていただき、納経を済ませる。
再びベンチに戻ると、明日の宿をどうしよか、と相談されたので、どこまて行く予定か聞くと道後温泉までと言う。
それなら以前会った方が、にぎたつ会館が良かったという話を思い出し提案してみた。
しかも、私にも一緒ににぎたつ会館に泊まろうと誘ってくださった。
私はいつも、当日のお昼過ぎに宿を決めて歩いてきた。
当日の体調やお天気で歩ける距離が極端に違うからだ。
私をこの先お供に連れて行ってくださると言う。
しかも、次の宿代は僕が出すから一緒に行こうと言うのだ。そこまで言われたら行くしかない。
「お願いしまーす」
私の返事を聞くと、行動の早い松田さんはすぐさま予約の電話を入れた。

今夜の宿はお寺の目の前にある長珍屋さんだ。
ここにこれまでお会いした歩き遍路さんが集結する寸法だ。
私は行く先々で、仲良くなったお遍路さんに
「10日火曜日は長珍屋に集合です」
と号令をかけていた。
そう、宴会するつもりなのだ。
松田さん、井田さん、ダンディ水谷さん、そして女大師様からも数時間前に電話を頂き、今夜は長珍屋に決めた、と連絡をいただいた。
楽しみだ。
時刻は午後4時、おじさま達と宿に入った。
女大師様と落ち合い、一緒にお風呂に入る。
一番風呂の広い湯船で二人泳ぎだすしまつだ。
女大師様のマッサージとテーピングのおかげで無事歩き続けることが出来た。
お礼を言うと、お風呂上がりに、またマッサージとテーピングをしてくださった。
本当にこの方とふじや旅館で出会わなかったら、また挫折していたであろう。
これもきっとお大師様のおはからいに違いない。

長珍屋さんは宿泊施設としては大きな方で、新館はビジネスホテルのようだった。
当日も50人程の団体遍路さんがバスで乗り付けていた。
夕食時には、団体さんが食前に般若心経を大合唱していた。
そんな中、私達は生ビールで乾杯だ。初めてのお会いするおじさまお遍路さんも多く、みんなでワイワイ食事をする。
食後は、松田さんと井田さんの相部屋に集まり、二次会だ。
遍路話に花が咲く。
更に、松田さんと女大師様が下ネタで盛り上げてくださり、大騒ぎの夜になった。
午後9時半、私達女性陣は部屋に帰ることにした。

明日は一日雨になるらしい。
距離は短目だが、体調万全で望まないと挫折しかねないと思い、早めにお布団に入った。
横浜の姉さんが、マラソンで痛めた足を心配してくださっていたので、電話で無事を連絡してここまでの経過を報告した。彼女はお遍路経験が無いが、遍路地図を買ったのか、私の進行状況を毎日チェックしていてくれていたのだ。凄く嬉しかった。
彼女との楽しい時間を過ごしながら、夜は更けていった。

 
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