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善楽寺から31番竹林寺までを歩く

蛙さんのお遍路道中記

作成日:2013年02月03日 訪問日:2012年11月25日
31番札所 五台山竹林寺


13:30善楽寺を下山する。楼門を出て直進するところを右折し県道に沿って歩き始めた。地図にある土佐神社の参道を県道と勘違いしたようである。地図をしげしげと眺めているとバイクに乗った方が方向が違うと教えてくれた。近道もあるようだが、遍路道への入り方がよく分らぬので、土佐神社楼門に戻ることとした。
14:00楼門に戻る。すると、バイクの方は、心配でついてきてくれたようである。その方も遍ろ経験者とのことで、約20分間の遍ろ講釈を聞くこととなった。この日は良く道に迷った。市内は道に迷いやすいと、その方にも言われた。なるほどと思う。
竹林寺のある五台山への登山口近くの路面電車(文殊通)に乗車し高知市内の旅館に宿泊した。遍路価格5,500円(2食付)は有難い。
7:00前に高知市内の宿「とさ別館」を出る。市内電車で前日乗車した「文殊通り」に向かい、7:30頃から竹林寺に向け歩き始める。30分ほどで牧野植物園に到着する。遍路は、無料で通り抜けができる。園内は良く整備され、途中からは竹林寺の五重塔が見えるが、出口が分かり難い。園内の温室近くを行ったり来たりしたが聞く人もいない。トイレの近くに小さな出口の標識がり、牧野植物園の正門のすぐ横の通用口から出ることができた。8:15山門に到着する。紅葉が見事な境内である。
この日は、快晴である。太子堂前でお経を唱えていると静寂な中に冷気が吹き抜ける。暫くの間、佇んでいた。五重塔前まで登り、紅葉の隙間から望む境内は美しさの中に荘厳さがある。
竹林寺は、学僧・名僧があつまる学問寺院であり、「南海第一道場」と言われている。臨済宗の高僧、夢窓国師(1275?1351)が山麓に「吸江庵」を建てて修行している。竹林寺の庭園は、夢想国師の作とされている。
縁起では、神亀元年ころ、聖武天皇(在位724?49)が中国・五台山に登り、文殊菩薩に拝した夢を見た。天皇は、行基に五台山の霊地に似た山容を見つけるよう命じた。行基はこの地ふさわしいと、文殊菩薩像を彫り、山上に本堂を建て安置し、その後、弘法大師が荒廃した堂塔を修復し霊場にされたという。慶長6年(1601)に山内一豊が土佐初代藩主になって以来、歴代藩主の帰依が厚く栄えたお寺とのことである。
9:00頃には下山を始める。

 
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15:30舟入川から高知市内を望む。南国といえど、この季節は、暮れるのが早い。

15:30舟入川から高知市内を望む。南国といえど、この季節は、暮れるのが早い。


懐かしい路面電車で高知市内の旅館に向かう。文殊通駅が竹林寺への登山口に近い。

懐かしい路面電車で高知市内の旅館に向かう。文殊通駅が竹林寺への登山口に近い。


7:50の遍路道、のんびり五台山を登る。

7:50の遍路道、のんびり五台山を登る。


山を登りきると牧野植物園に入る。歩き遍路には無料で道を提供してくださっている。

山を登りきると牧野植物園に入る。歩き遍路には無料で道を提供してくださっている。


牧野植物園から望む竹林寺の五重塔。しかし、出口が見当たらない。危うく、反対方向に下るところであった。

牧野植物園から望む竹林寺の五重塔。しかし、出口が見当たらない。危うく、反対方向に下るところであった。


古くは三重塔があったが、台風で倒壊し、昭和55年に五重塔として再建したものである。紅葉のの赤と塔の赤が合い美しい。

古くは三重塔があったが、台風で倒壊し、昭和55年に五重塔として再建したものである。紅葉のの赤と塔の赤が合い美しい。


紅葉の美しい境内

紅葉の美しい境内

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プロフィール

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一人旅が好きなサラリーマンです。巡礼の旅も好きで、西国三十三所や坂東三十三所にチャレンジしました。歩き遍路は、初めてで、四国八十八所は、歩いて行こうと決めていました。そろそろ、人生の終盤で、いろいろ考えます。車より歩いたほうが、頭の中がすっきりするような気がします。通しで歩くことはできませんが、少しずつまわり、退職後には、通してある痛いと思っています。平成24年4月28日が発願の日になると思います。いろいろ考えながら歩きたいと思っています。

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